増え続ける異臭苦情―その発生防止と日常管理体制構築
■ 主要構成
『発刊の趣旨』
近年食品に対する安全と信頼に関して様々な問題が引き起こされている。
われわれ日本人の価値観あるいは道徳観に照らし合わせると、「食べ物イコール安全なもの」であり、口に入れる前に毒見をしてから、などという前時代的なことは日常生活ではあり得ない。
しかるに故意に混入されることはないと考えるのが常識的な判断である。
本書で述べる異臭クレームにしても一般的には不作為の事故として引き起こされることがほとんどである。
しかしなぜ食品の異臭クレームなどの事件が紙上をにぎわすのであろうか。
クレームの増加の原因はひとつに食の安全安心が当たり前のものとして捉えられなくなってきた世代背景が生み出したのかも知れない。
またクレームの原因自体が新しい技術により引き起こされる可能性もある。
さらには「におい」というごく低濃度で感じる物質の検出が可能となる機器分析技術の向上やデータの蓄積と解析技術の向上、官能評価の体系化など科学技術の進歩に負うところも大きい。
いずれにしても様々なクレームが現実に起きている。
そこで本書では異臭クレームとその対策に焦点をしぼり、実態を明らかにするとともに原因の究明および詳細な分析法の開示、ならびに異臭クレームを防ぐことを目途とした製造・流通現場の管理法等を明らかにし、実際に問題を起こさないためにいかにすればよいか総合的な方策を示すことを目的としてまとめた。
本書「序 本書のねらいと異臭問題解決のストラテジー」より抜粋
【企画者より】
異臭の発生要因は極めて複雑かつ多様であり再現性の確保が容易ではありません。
それだけに異物混入以上に苦情時の正確な鑑定が対策の決め手となり、消費者から寄せられるクレームの言葉、官能評価から素早く原因物質を特定する上で、事例の分類が有益です。
しかしこの問題への対応の歴史が浅く事例の蓄積も乏しいため、異臭分析や苦情対応の事例収集の必要性が業界の有志から提起され、このたびの発刊に至りました。
本書の特長は以下の通りです。
- 一つでも多くの事例の収録に努めました。テーマの重要性に鑑み、現在得られる異臭分析および対応事例を当面第1集として出版しましたが、本書に収録した事例数は産業界で多岐にわたる苦情事例からみて、まだまだ決して十分とは言えません。
最新事例の集積に注力し今後も不定期に刊行を続けてまいります。
これにより、迅速で効果的な苦情対応・再発防止のための産業界の共有財産となります。
- 日本生協連のご協力を得て、組合員から寄せられた苦情内容の実態とそこから読み取れる消費者の要望を類型化しました。
併せて異味・異臭苦情に伴う顧客への対応事例を臭気別にQ&A方式で収録しました。
本書は、異臭問題解決への業界の強い要望を背景に食品メーカー、流通、行政検査機関の有志が協力し合い実現した初めての実務資料です。
書評:(社)日本食品衛生学会「食品衛生学雑誌:第51巻-第5号」
現在、食品に対して消費者から寄せられる苦情は異味・異臭をはじめとして多種多様であり、それらに対応する企業や検査機関等は、その対策が求められている。
ここで紹介する著書は題名のとおり「食品の臭気対策」について記してある。
本書は実際の事例を多数取り上げ、各種分析結果に基づき原因となる微生物・化合物を特定する方法や臭気を発生させる仕組みの考察、その対策から消費者への対応までを図表も用いて事細かに記している。
例えば溶媒臭では芳香族化合物、酢酸エチル等が原因となる化学物質であることを掲げ、トルエンによる食品への移行と消失および包装材の透過性に関する試験結果、そして実際の苦情の移行事例まで記している。
腐敗臭では食品別の臭気成分から、食品別の臭気が発生する腐敗のメカニズムまで記してある。
都道府県における異臭苦情の事例とその分析結果の項では、異臭苦情の内容と検査方法と結果および考察が記され、測定条件とクロマトグラム、MSスペクトルなどのデータも収載している。
生協における異味・異臭苦情対応事例の項では、顧客への回答文例が掲載され、実際に原因究明と苦情対応する場合にすぐに活用できる内容となっている。
これらの事例に加え、原因究明の手法の流れである試料の取扱いから検査および検査員の育成に関する記述、そして食品容器・包装材料に起因する移り香および異臭防止のための製造・流通現場で実際に異臭苦情を起こさないためのポイントおよび異臭対策がフード・ディフェンスの面からも有用であることも記している。
さらに本書の第1章の図9の日本生協連事例情報カード(例)をはじめとして、図5異味・異臭・味覚聞き取りカード、図6「味覚・異味異臭」商品苦情聞き取り時ガイドラインなど、すぐに現場でも利用できる内容も盛り込まれている。
本書の特筆すべき点は掲載の異臭苦情対応数が70にも上り、まさに異臭苦情の具体事例から、読むだけで経験が積める構成となっていることである。
食品の分析、製造・流通における臭気物質の対策、消費者への説明等の現場に携わる人々にとって、本書は非常に有用と思われる一冊である。
瀧川義澄
■ 内容目次
序 本書のねらいと異臭問題解決のストラテジー<石田 裕>
第1章 異臭苦情の実態と特徴
<佐藤 邦裕/寺嶋 昭>
- 日本生協連に寄せられる組合員からの苦情
1.1 苦情受付件数は世の中の動きに敏感に反応する
1.2 増加した苦情の内容は異物混入と異味・異臭である
1.3 変化してきた苦情の内容―顕著な異味・異臭苦情の増加とわずかながら減少の兆しが見えてきた異物混入苦情
- 異味・異臭苦情の実態と特徴
2.1 苦情表現の個人差が大きい
2.2 苦情の内容が多様である―消費者は何を求めているのか
- 異味・異臭苦情対策の基本的な考え方
3.1 2件目以降の苦情発生情報を正確に把握することが重要
3.2 におい原因物質の究明―苦情対策としての臭気分析の難しさ
3.3 異味・異臭に関する情報・基礎知識の蓄積が不足している
3.3.1 苦情を受け付ける側のスキルアップも必要
3.3.2 商品情報の提供
3.3.3 過去の事例の教訓化や水平展開
第2章 異臭の原因物質を解明する
(1) 溶剤臭<石田 裕>
- 食品へのトルエンの移行と調理による消長
1.1 トルエンの吸着活性
1.2 調理によるトルエンの消長
1.3 トルエンの食品包装材に対する透過性
1.4 追試
- トルエンの食品への移行事例
2.1 ウインナーソーセージのトルエン臭
2.2 ハンバーガーのトルエン臭
(2) カビ臭<加藤 寛之>
- 本来のカビ臭
- 変化して発生するカビ臭
- その他のカビ臭
(3) 腐敗臭<内藤 茂三>
- 腐敗臭の定義
- 腐敗臭の発生原因とメカニズム
2.1 動物性食品
2.1.1 魚介類および魚介類加工食品
2.1.2 畜肉・家禽類および畜肉・家禽類加工品
2.1.3 食肉の腐敗臭の測定
2.2 植物性食品
2.3 その他の食品
2.3.1 卵
2.3.2 海苔
2.3.3 ビール
2.3.4 含油菓子
2.3.5 納豆
2.4 工業製品
- 腐敗臭の事例
3.1 イカの塩辛の腐敗臭
3.2 イワシみそ煮缶詰の腐敗臭
3.3 ウニの腐敗臭
3.4 アカガイとトリガイの腐敗臭
(4) 消毒臭<加藤 寛之>
(5) 防虫剤臭<石田 裕>
- p-DCBの食品への移行
- 即席カップめんからp-DCBが検出
- p-DCBの生態への影響
(6) 農薬臭<加藤 寛之>
第3章 異臭判別の実際と原因究明・顧客へのアプローチ
第1節 都道府県における異臭苦情事例とその分析結果
(1) 溶剤臭
事例1
石油臭がした惣菜<木村 圭介>
事例7
包装食肉の異臭<上田 泰人/伊藤 光男/田中 敏嗣>
(2) カビ臭
事例1
養殖ウナギのカビ臭<猪飼 誉友>
事例2
墨汁臭がしたウォーターサーバー中の水<木村 圭介>
(3) 腐敗臭
(4) 薬品臭・消毒臭
事例1
薬品臭がしたボトルウォーター<木村 圭介>
事例6
ドーナッツの異臭<上田 泰人/伊藤 光男/田中 敏嗣>
(5) 農薬臭
事例1
農薬の分解生成物が原因の野菜薬品臭<田中 康夫>
(6) その他のにおい
事例1
異味・異臭がしたミネラルウォーター<木村 圭介>
事例2
学校給食用プラスチック製食器の異臭<上田 泰人/伊藤 光男/田中 敏嗣>
事例3
紅茶ティーバッグの紙袋の黄色いシミ<上田 泰人/伊藤 光男/田中 敏嗣>
事例4
クレヨン様臭がしたポテトチップス<木村 圭介>
第2節 生協における異味・異臭苦情対応事例<佐藤 邦裕/寺嶋 昭>
(1) 溶剤臭の苦情対応
(2) カビ臭の苦情対応
(3) 腐敗臭の苦情対応
(4) 薬品臭・消毒臭の苦情対応
(5) 農薬臭の苦情対応
(6) その他のにおいの苦情対応
第4章 原因究明の手法とその実際
<長尾 英二>
- 試料の入手
1.1 苦情品の回収
1.2 回収品の運搬・送付
1.3 正常品の入手
- 検査
2.1 有害性の確認
2.2 官能評価
2.3 化学分析
2.3.1 代表的な前処理法
2.3.2 機器分析
2.3.3 その他のにおい分析装置
2.3.4 結果の考察
- キーパーソンの育て方(スキルアップのポイント)
3.1 官能評価員の育成
3.1.1 基本味識別訓練例
3.1.2 嗅覚の訓練例
3.1.3 異常品識別訓練例
3.1.4 官能評価員の選定例
3.2 化学分析担当者の育成
第5章 食品容器・包装材料の移り香対策
第1節 臭気物質の食品への移行と吸着<石田 裕>
- 食品成分の吸着特性
- 異臭の原因となる物質の性質
- 異臭原因物質の容器包装透過性
3.1 臭気物質のポリマーフィルムへの吸着・拡散・透過性
3.2 フィルム中の臭気物質の移動
3.3 ポリマーフィルムと紙を素材とした多孔膜の場合の臭気物質遮断性の違い―ペネトラント拡散流れ現象による移動と毛管流れ現象(毛細管流れ現象)による移動
3.4 内容食品への移行と蓄積
3.5 食品への移行に関する簡易な試験法
第2節 食品業界における対策―即席めんの事例<任田 耕一>
- 経緯
1.1 背景
1.2 移り香の事例
- 原因
2.2 原因物質
2.3 即席めんの容器包装
- 対策
3.1 基本方針
3.2 容器の改良
3.3 消費者への告知
3.4 取引先への依頼
3.5 関係業界との連携
第6章 異臭防止のための製造・流通現場の管理
第1節 食品メーカーの立場から<井上 志野夫>
- 生乳、脱脂粉乳等を中心とした工場管理のポイント
1.1 原料の調達
1.2 原料・化学物質等の保管
1.2.1 原料の保管
1.2.2 包装資材の保管
1.2.3 化学物質の保管
1.3 製造工程
第2節 流通の立場から<監物 今朝雄>
- 消費者は何を異臭として申告するか
1.1 野菜・青果
1.2 水産物(冷凍)
1.3 冷凍食品
1.4 米穀
1.5 加工食品・日配惣菜
1.6 畜産(主に精肉)
- リユース実験で回収されたPETボトル容器の「におい検査」結果
2.1 回収PETボトルの臭気吸着
2.2 危害分析と管理対処方法
- 精肉加工工場での異臭対応の状況
3.1 原因と対応
3.2 調査と組合員への回答
- 食品工場診断での点検事項とまとめ
4.1 薬剤・洗剤の管理
4.2 容器の表示と管理
4.3 工場内に「香料」を使用したものはないか
4.4 フード・ディフェンスの面からも
4.5 まとめとして
【Check!】工場点検の現場から<佐藤 邦裕>
■ 執筆者一覧(敬称略、肩書等は発刊時のものです)
■ 編集委員 |
石田 裕 | 東京農業大学 短期大学部 栄養学科 教授 |
佐藤 邦裕 | 日本生活協同組合連合会 商品本部 本部長スタッフ |
加藤 寛之 | 大和製罐(株)総合研究所 所長 |
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■ 執筆者(執筆順) |
石田 裕 | 東京農業大学 短期大学部 栄養学科 教授 |
佐藤 邦裕 | 日本生活協同組合連合会 商品本部 本部長スタッフ |
寺嶋 昭 | 日本生活協同組合連合会 品質保証本部 品質保証部 商品リスク管理チーム |
加藤 寛之 | 大和製罐(株)総合研究所 所長 |
内藤 茂三 | 愛知学泉短期大学 食物栄養学科 教授 |
木村 圭介 | 東京都健康安全研究センター 食品化学部 食品成分研究科 主任研究員 |
渡部 健二朗 | 横浜市衛生研究所 検査研究課 課長補佐兼担当係長 |
田中 康夫 | 横浜市衛生研究所 検査研究課 担当係長 |
石井 里枝 | 埼玉県衛生研究所 水・食品担当 専門研究員 |
猪飼 誉友 | 愛知県衛生研究所 衛生化学部 医薬食品研究室 室長補佐 |
尾花 裕孝 | 大阪府立公衆衛生研究所 衛生化学部 食品化学課長 |
北川 陽子 | 大阪府立公衆衛生研究所 |
上田 泰人 | 神戸市環境保健研究所 食品化学部 副部長 |
伊藤 光男 | 兵庫県予防医学協会 |
田中 敏嗣 | 神戸市環境保健研究所 |
長尾 英二 | 森永乳業(株)分析センター 製品検査室長 |
任田 耕一 | (社)日本即席食品工業協会 専務理事 |
井上 志野夫 | 明治乳業(株)品質保証部 品質管理1G |
監物 今朝雄 | パルシステム生活協同組合連合会 商品管理本部スタッフ |